pour mon che'ri






はじめて手紙をかきます。うまれてこのかた、わたしは手紙をかいたことがないのです。もしかすると実に滑稽でおかしな文面になってしまうかもしれません、でも、どうか笑わないでくださいね。いつものように六時ちょうどに起床したあなたは、開け放した窓の外、いちばん近いごみ集積所のまえで犬の散歩をしているわたしと目が合う。わたしはいつも、おはよう、と声をかけるのだけど、マンションは六階だから、耳に届くまえにあなたはカーテンをひいてしまう。過去を捨てるのがたのしみであるあなたは、けさも早いうちからおおきなごみ袋をふたつも抱えて、マンションの入り口を降りてくる。それからもどって、またふたつ。ゆうべのぶんと、けさのぶん。ごめんなさい、それを見ると、わたしはいつも笑いをこらえずにはいられません。だってあなたったら、まるで儀式のように毎朝同じことをくりかえして、やすむことをしらない。きょうは回収日でもないし、あした引っ越すわけでもないのに、あなたはまだ早いうちから朝晩毎日、年中ひっきりなしに!……あなたはべつだん潔癖症ではないけれど、過去を捨てなければ生きてゆけないとでもいうように、いつだって手放してゆける、そんなあなたのことがわたしは憎いほどに羨ましい。ゆうべのできごとを知っているわ。仕事のあとにあなたが行った場所、ことわりきれずに付き合いで寄ったホテルのバー、ミネラルウォーターと薄っぺらい雑誌のみを買うためのコンビニ、彼女の贔屓する趣味のわるい人形の置き物の立つ洋食店、そして彼女の好む横文字の低俗なクリーム色のホテル。つい一分前の過去さえうとましいと言って、平気な顔であなたは昨日を手放すけれど、だけどもわたしには、どうにも耐えがたい。だからあなたの過去の断片は、すべてがわたしの部屋にある。わたしが記憶しているから、いつか焦がれてさまよったときのあなたのために、いつでも待っているから、あなたは安心してあしたに生きていて。あなたの捨てた過去は、わたしが死ぬまで、わたしのなかで呼吸をして育ちつづけている。買うべきものも捨てるべきものも、わたしにはもうのこらない。あなたの記憶とあなたを追ったわたしはいま、境界線さえ越えてあなたの目で、会ったこともない彼女を愛し、永遠に色褪せないすがたの過去を持つ、あなた自身です。