オレンジ



ある日教室に入ると、いつも侮蔑的な目で邪険に僕をのけているクラスメイトたちが帳尻を合わせたようにして一斉に声をかけてきた。みな自然を装って妙に馴々しいあたりが人工的にうさん臭く、滑稽でありながらひどく気味が悪かった。過剰なほどの気遣いあるいは同情のこもった彼女たちの対応は、僕をひどく不安にさせるばかりでなく、ますますの孤立を促すような切羽詰まった状況に追い詰めた。僕は一言も言葉を発さぬまま、とうとう耐えきれず無言で席を立った。目の膜を覆った水がいっぱいになって、今にもこぼれ落ちてきそうな状態だったのだ。日々ひとりでひっそりと目立たなく生活を送っているよりよっぽど疎外されている、と感じた。


フーコおはよう。おはようフーコ。やだ、フーコってばなぁに、その格好、男の子みたい。フーコ、宿題やった?まだ?あたしの貸すわ、いいのよ気遣わなくて。見て、フーコのノート可愛い。フーコのセンス、すてき。楓子。フウ。フーコ。

フーコもこっちにいらっしゃいな。


友達というものに憧れの感情を抱いていた僕にはあるいは喜ぶべきことだったのかもしれないが、人はずいぶん利己的で矛盾している部分があり、そのとき僕は不思議と萎えていた。身を包んだ学生服の襟元を直しながら担任の言葉を思いだす。どうしたの、制服は、ジャンパースカートは。担任の顔は気の毒なほど青ざめ、目に見えるほどの動揺と狼狽を繰り返していた。まるで生まれてこのかた挫折というものに出くわしたことが一度もなく、現実を順調に受け入れて少しの疑問も抱かず生きてきました、という人間の反応だった。はたと僕は負の感情を持つことをやめ、十時から十七時まで計七本ぽっきりしかバスが走らない停留所から湯気の沸き立つコンクリートの地面を睨み付けた。風なんかほとんどないのに、生ぬるい空気がずっとずっと遠くの潮の香りを切れ切れに運んでくる。弱々しい太陽を睨み付けながら時折道行く人びと、首に掛けたタオルでせわしなく顔を叩いている初老、さびれた商店街の裏をくたびれがちに渡り歩いている黒猫、暑さにまいっている生き物の溢れるなかで、僕だけが取り残されたように黒い学生服に身を包み、顔色ひとつ変えなかった。けれど全体を乾いたオレンジ色のフィルムに包まれた時の差をほとんど忘れさせてくれる午後のバス停は、なんとなく僕の疎外感を和らげた。涙はとうに乾いている。

そうして淡いオレンジの向こうで、いつか少女だったころの幼い僕と目が合った。