わらえばいい






ふと見ると目覚まし時計が止まっていることに気がついた私は、この時計は他の時計の倍の早さで進むからすこしばかり寿命が早くきてしまったのだと思い至った。生きている限り時計はずっと狂い続けていたが、私はリチャードと名付けたその時計を大層可愛がって過保護にしていたので、時計の言うことを信じていた。彼が二時と告げたらいつだって二時なのだ。世の中の時計すべて私の興味をそそるほどの魅力など持ち得なかった。私にとって時計といえば彼なのである。彼、丸いフォルムに青いボディ、なにより愛すべきなのは秒針がないことと、切ない目で私を見上げる三と四のアラビア数字。彼の目はいささか厄介な部分に位置付いていたので私は彼と向き合うとき、湾曲に身体を折り曲げなければならなかった。

リチャード、いま何時か読み上げてくれる。リチャード、二時なのねそうなのね。リチャード、他の時計が野暮すぎて不憫だわ。でもリチャード、どうしてあなたは秒読みをしないの。リチャード、そろそろ首が疲れたわ、たまにはあなたが首を傾げたらどうかしら。なにか返事を頂戴リチャード。
リチャード、リチャードリチャードリチャードリチャードリチャード。

気がつくと私は彼を弾き飛ばしていた。きっかり二時で時を止めた部屋で、私と彼はもうずっと同じ行為を繰り返している。外へ出たって無駄だと知っている。部屋に完備している五十個の電話は一日中鳴り止まない。私は前に眠ったのがいつだったかもう思い出せなくなっていた。冷凍した時のなかで殴りつづけたため彼は短針を折った。骨折、と私は悲鳴を上げた。長針も折った。私は立っていられなくなった。彼を弾き飛ばす行為から解放された途端、慌てて時計屋に修理に持ち込んだ。直るまでの二日間私はがたがた部屋で震え、電話線を鋏で切った。彼が修復してもどってくると、私は電池を抜いて彼を二時にセットし、そしてふたたび弾き飛ばしつづけた。私はいまでも、彼にこのつぎ死が訪れたらどうしようと本気で怯えながら、話しかけ、叩きつづける行為から解放されることを恐れている。たぶん、もうずっと。


191110