ブレックファウスト



先生は、彼は非常にナーバスな子なのでやむなく彼に無理強いを要求しないけど、けっして特別扱いしているということじゃないので君たちにもわかって貰いたい、と告げた。私は両の拳を机に叩き付けたい気持ちを押し殺して机に彫られた落書きを睨み付けていた。やっぱり見捨てたんじゃないか。先生は彼を黙認し、このごろは先生を非難する私の存在をなかったことにしようとしている。静かな教室で、異議なし!と太い声を張り上げて笑い出した女生徒を周囲は暗黙に肯定した。私は教室を飛び出した。 彼はコンビニエンスストアの脇でうずくまっていた。額と鼻から血を流していた。私を一瞥すると、仕方なしとでもいうように溜め息を吐き出して、こびりついた血がかさかさに乾いた唇を開いた。
彼がなにをしゃべっているのかさっぱり理解できなかった。もともと渇舌が悪いのと、歯を折っていたせいだった。私は腐りはじめたその塊を見下ろし、死ねと一度言った。彼が薄く開いた目で理解できなかったようなのでもう一度告げた。「くたばれ」

駅のホームでスキップしながら最期の電車を待つ中年などどこにもいない。命を持て余して快楽だけに埋没する彼は、生きる意志のないものと同じ意味を持っていた。
歯ぎしりの隙間から憎悪で煮えたぎるような声で、死んだらお前のせいだ、と聞こえたような気がしたが、正確には聞き取れなかった。

翌朝彼が失踪したことを彼の母親から知った。電話ごしに勝利の笑いを押し殺しているのが磁気をすり潰したような音とともに伝わった。知らないんですね、じゃあいいの、どうもね。

彼のことでこれ以上巻き込まれるのはうんざりだった。去るものを無理に追おうとは思わない。旅に出ようと思った。それはともかくどこでもよかった。

ベットに倒れ込み、目を瞑って行き先を練り上げた。あしたはどこへゆき、なにを迎え入れようか。

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