ゆきどけ



使い捨てライターで火をつけて煙草の煙をくゆらせながら、どうしても好きになれない味なのに儀式のように吸い続ける行為から逃れられないでいる自分を訝しんだ。ちっとも楽しいと思えないことを楽しい振りをしたがろうとするのは、自分を偽って演技をしているからだ。私は彼が既視したものを、小説の薄い紙から重ねて追いもとめようとしている。彼になりたいのだと、ずっと以前から思っていた。彼が離れたことで、ようやく安心して彼になる決心がついた。

車を停めて、川原の土手を散策した。寝転がることのできる芝生、遮るもののないいちめんの青空、川端でパン屑を待つ白鳥の群、老人を散歩させる巨大な犬、買い物袋を籠に詰めながらサイクリングする女、キャッチボールを楽しむ親子、老人の陣取るゴルフ場、電車。貨物列車の音を聞いた。この風景のなかに溶け込めば、私は私をかなぐり捨て、馴れ親しんだ赤の他人になることができる。蛍光色の百円ライターを鉛色の鈍い光にかざしながら、ねぇ私はちゃんと上手に演技できているかしら、過去に放った自分の言葉が回りくどい迂回を経て跳ね返ってきた。身体を改造しては崩し、しては崩し、自分はいったい何になるつもりだろう。収集のつかなくなってしまった魂は悲鳴を上げながら這いずり回っているのに、変化に対する恐怖より革命への興奮のほうが煮えたぎっているのが、自分でも驚くほど滑稽だった。
少し遠くまで散策してみよう。西も東も。煙草をやめるかわりに寂しくなった口のなかにハッカの飴玉を放り込んだ。土手がどこまでつづいているのか知りたいし、あたらしくできた都舟も見に行かねばならない。死んだ魚の目とけなして以来近づこうとさえしなかった美短の校舎だって、今なら行ける。向こう岸に見える風車の音を聞きに行こう。さえぎるな、どこまでも伸びる直進する路、二足歩行のカエルの石像、背の高いススキを縫って光を求めるなら、十一月の海は近い。


191201